遠雷よ あなたが人を赦すときよく使う文体を覚える
_服部真里子「行け広野へと」

透明なせかいのまなこ疲れたら芽をつみなさい わたしのでいい
_井上法子「永遠でないほうの火」

あなたはわたしの墓なのだから うつくしい釦をとめてよく眠ってね
_大森静佳「カミーユ」

その視線が壁の小さな水彩画に落ちた。…すべてにいわく言いがたい魔法がかけられていた──いかにも冬らしい沈黙と春の予感、あるいは地味でみすぼらしいものだけがときに持つあの優美さの魔法が。

_レオ・ペルッツ「夜毎に石の端の下で」

「誰でも、フェンリルだよ」

わたしのフェンリルは、はるかに残虐なフェンリル━━群れなのか、輪郭も定かではないほどの巨獣なのか━━の中に溶け消えてしまった。

外にも自分の中にも醜が在るけれど、あの存在の中で生きているのだと思うと、耐えられる。

_皆川博子「風配図」

ヘルガ「噂って雪の玉のように、転がすと大きくなるんだね。

ヒルデグント「(独白)最初の雪玉が悪意でできていれば、たちまち巨大になる。しかも、黒い雪だ。あるいは血の色に染まった赤い雪玉だ。

_皆川博子「風配図」

嘘のようにきみを守り続けて、
泥にならないで、誰にも恋しないで、
そのまま、静かに閉じて、
ゆくあてのない無償の愛を腐らせて、
死んでほしかった。

_最果タヒ「骨の窪地」

なにしろ人生の意味について理解してしまったのだから。
人生とは、冷たい宇宙で二人の人間が慰めを求めて身を寄せ合うこと。
それに尽きるとわかってしまったのだから。

_レイ・ヴクサヴィッチ「月の部屋で会いましょう」

きみが好きです。
死ぬこともあるのだという、
その事実がとても好きです。
いつかただの白い骨に。
いつかただの白い灰に。
白い星に。
ぼくのことをどうか、
恨んでください。

_最果タヒ「望遠鏡の詩」

嘘でもまやかしでも茶番でも、信じてしまえば
信じた者の中では。
真実になる。

_京極夏彦「今昔百鬼拾遺 鬼」

ユーモアはバルバラの重要な芸術性のひとつである。ここでのユーモアとは諧謔であり、冗談、愚弄、嘲弄、からかい、揶揄、皮肉をすべて含んだ言葉(…)知性のある人間は最終的にユーモアという手段に訴えるしかない。ユーモアは〈おかしみ〉と同時に共感を引き起こす性質を持つので、自らの不幸を軽減する。(…)心の奥底に抑圧され、しかし日常の生活には現れないものを解き放つための入口であろうか。

_シャルル・バルバラ(亀谷乃里訳)「蝶を飼う男」(解説)